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千葉地方裁判所松戸支部 平成元年(ワ)258号 判決

反訴原告

住宅・都市整備公団

右代表者理事

青柳幸人

右訴訟代理人弁護士

鵜澤晉

田口邦雄

横山茂晴

片岡廣榮

遠藤哲嗣

大橋弘利

右指定代理人

富松茂男

外三名

反訴被告

前田昭次

反訴被告

新田勝義

反訴被告

中沢卓実

反訴被告

大木賢

主文

一  反訴被告らは、各自、反訴原告に対し、各反訴被告別の別紙賃貸借目録の「家賃未払額」欄記載の各金員及びこのうち同目録の「月別内訳」欄記載の各金員に対する「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本判決確定の日までそれぞれ年一〇パーセント、本判決確定の日の翌日から各支払済みまでそれぞれ年(三六五日当たり)14.6パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は反訴被告らの負担とする。

三  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  反訴原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外日本住宅公団(以下「旧公団」という。)は、日本住宅公団法(昭和三〇年法律第五三号。以下「旧法」という。)に基づき、住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅等の供給を行うことなどにより、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として設立された法人である。

2  旧公団は、各反訴被告別の別紙賃貸借目録1ないし4(以下、それぞれ、「目録1」、「目録2」、「目録3」、「目録4」といい、合わせて「本件「各目録」という。」に記載のとおり、各反訴被告に対し、「建物」欄記載の各建物(以下、目録1記載の建物を「建物1」、目録2記載の建物を「建物2」、目録3記載の建物を「建物3」、目録4記載の建物を「建物4」といい、合わせて「本件各建物」という。)を「賃貸年月日」欄記載の各年月日に「当初家賃」欄記載の各家賃で賃貸した(以下、これらの賃貸借契約を合わせて「本件各賃貸借契約」という。)。そして、各反訴被告は、本件各賃貸借契約において、旧公団に対し、家賃の支払を遅滞したときは、その遅滞した額に対する年(三六五日当たり)14.6パーセントの割合による遅延利息を支払う旨を約した。

3  反訴原告(以下「原告」という。)は、住宅・都市整備公団法(昭和五六年法律第四八号。以下「法」という。)に基づき、昭和五六年一〇月一日に設立された法人であるが、同法附則六条により旧公団の一切の権利及び義務を承継したので、本件各賃貸借契約における賃貸人の地位も承継した。

4  反訴被告中沢卓実(以下「被告中沢」という。)及び同大木賢(以下「被告大木」という。)の当初家賃は、昭和五三年九月一日以降、目録3及び目録4の「第一次改定家賃」欄記載の各金額(以下、これらの金額を「第一次改定家賃」という。)に増額され(以下、この家賃増額を「第一次家賃改定」という。)、さらに、被告中沢及び同大木の第一次改定家賃並びに反訴被告前田昭次(以下「被告前田」という。)及び同新田勝義(以下「被告新田」という。)の当初家賃は、昭和五八年一〇月一日以降、本件各目録の「第二次改定家賃」欄記載の各金額(以下、これらの金額を「第二次改定家賃」という。)に増額された(以下、この家賃増額を「第二次家賃改定」という。)。

5  本件各建物の管理開始時点(建物1については昭和四七年七月、建物2については昭和三六年四月、建物3については昭和三六年七月、建物4については昭和三五年五月)から第一次家賃改定の時点(昭和五三年九月一日)までの間の建物価格、土地価格、消費者物価指数及び勤労者平均所得の変動の状況は、別表1のとおりであるが、第一次改定家賃は、旧公団が本件各建物の管理を開始してから初めて行った家賃増額であったため、家賃の激変を緩和する趣旨から、第一次家賃改定に至るまでの間の経済事情の変動を全面的に参酌した額(第一次家賃改定の時点における客観的相当家賃額〔別表4のD欄記載の第一次鑑定評価家賃〕)を相当程度下回る額であった。また、第一次家賃改定の時点から第二次家賃改定の時点(昭和五八年一〇月一日)までの間の建物価格、土地価格、消費者物価指数及び勤労者平均所得の変動の状況は、別表2のとおりであるが、第二次改定家賃も、第一次家賃改定の場合と同様の趣旨から、第二次家賃改定に至るまでの間の経済事情の変動を全面的に参酌した額(第二次家賃改定の時点における客観的相当家賃額〔別表4のE欄記載の第二次鑑定評価家賃〕)を相当程度下回る額であった。さらに、第二次家賃改定の時点から本件の家賃増額に係る第三次家賃改定の時点(昭和六三年一〇月一日)までの間の建物価格、土地価格、消費者物価指数及び勤労者平均所得の変動の状況は、別表3のとおりであって、第二次家賃改定後も更に物価の上昇その他の経済事情の変動が生じた。

以上のとおりであるから、第二次改定家賃は、昭和六三年一〇月一日の時点において、低額に過ぎて不相当であった。

なお、昭和六三年一〇月一日の時点における本件各建物の客観的相当家賃額は、別表4のF欄記載の第三次鑑定評価家賃のとおりである。

6  そこで、原告は、借家法七条一項に基づき、各被告に対し、書面をもって、第二次改定家賃を昭和六三年一〇月一日から右5の第三次鑑定評価家賃の範囲内である本件各目録の「第三次改定家賃」欄記載の各金額(以下、これらの金額を「第三次改定家賃」という。)に増額する旨の意思表示をし、これらの書面は、本件各目録の「第三次家賃改定通知日」欄記載の日ころに各被告に到達した、(以下、この家賃増額を「第三次家賃改定」という。)。

7  その後、税制改革法(昭和六三年法律第一〇七号)及び消費税法(昭和六三年法律第一〇八号)により、消費税が創設され、建物の賃貸についても、平成元年四月一日から家賃の三パーセントの消費税が課税されることとなり、第三次改定家賃は、消費税の創設に伴う事情の変更により不相当となった。

8  そこで、原告は、借家法七条一項に基づき、各被告に対し、書面をもって、第三次改定家賃を平成元年四月一日から本件各目録の「消費税改定家賃」欄記載の各金額(以下、これらの金額を「消費税改定家賃」という。)に増額する旨の意思表示をし、これらの書面は、本件各目録の「消費税家賃改定通知日」欄記載の日ころに各被告に到達した(以下、この家賃増額を「消費税家賃改定」という。)

9  しかるに、各被告は、いずれも第三次家賃改定及び消費税家賃改定(以下、これらの家賃増額を合わせて「本件家賃増額」という。)の効力を争い、本件各目録の「家賃未払額」欄記載の各未払家賃を支払わない。

10  よって、原告は、各被告に対し、本件各目録の「家賃未払額」欄記載の各未払家賃及びこのうち同目録の「月別内訳」欄記載の各未払額に対する「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本判決確定の日までそれぞれ借家法所定の年一〇パーセントの割合による利息、本判決確定の日の翌日から各支払済みまでそれぞれ約定による年(三六五日当たり)14.6パーセントの割合による遅延利息を支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  請求原因5の事実及び主張は争う。

3  請求原因6の事実は否認する。第三次家賃改定の意思表示は、いずれの被告にも到達していない。

4  請求原因7のうち、第三次改定家賃が消費税の創設に伴う事情の変更により不相当となったことを争い、その余の事実は認める。

5  請求原因8及び9の事実は認める。

三  被告らの主張

1  個別原価主義について

(一) 旧法一条、法一条に定める旧公団及び原告の公共性、非営利性から、原告は利潤を取得してはならず、民間賃貸住宅の家賃と異なり、原告の賃貸住宅(以下「公団住宅」ともいう。)の家賃(以下「公団家賃」ともいう。)は、公的住宅としての基本的性格を踏まえた十分な配慮により、できるだけ低廉でなければならない。公団家賃の決定及び変更については、法及び住宅・都市整備公団法施行規則(昭和五六年建設省令第一二号。以下「規則」という。)に特別の定めがあり、借家法七条一項により家賃増額についても、これらの法令の規制を受ける。具体的には、法三〇条に基づく規則四条一項が、公団家賃は、団地ごとに、賃貸住宅の建設に要する費用を償却期間(耐火構造の住宅にあっては七〇年、簡易耐火構造の住宅にあっては四五年とする。)中利率五分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額に修繕費、管理事務費、地代相当額、損害保険料、貸倒れ及び空き家による損失を補てんするための引当金並びに公租公課を加えたものの月割額を基準として、公団が定めるものとする個別原価主義を採用している(旧公団に関する日本住宅公団法施行規則〔昭和三〇年建設省令第二三号。以下「旧規則」という。〕九条一項も同旨の規定である。)そして、右の公団家賃の構成要素のうち、修繕費、管理事務費等は、経済事情の変動等により増減することがあるから、法一条の趣旨を逸脱しない範囲で、合理的な基準と手続の下での増額が許されるとしても、建設費の償却及び地代相当額は、将来とも増減することがない固定部分であるから、建物の価格やその敷地の価格の上昇を理由とする増額は、個別原価主義に反して許されない。

(二) 公団住宅の居住者は、その入居時において、団地ごとの個別建設原価を基準として決定された家賃のうち、建設費の償却額及び地代相当額は入居期間中維持されるという前提の下に賃貸借契約を締結し、それぞれ入居時においては所得に比して高額であった家賃を工面して支払い、居住を継続してきた。建物の価格やその敷地の価格の上昇を理由とする増額は、右の契約の趣旨にも反して許されない。

2  新旧公団住宅相互の間における家賃の不均衡の是正について

原告が第三次家賃改定の理由のーつとする新旧公団住宅相互の間における家賃の不均衡の是正は、次のとおり家賃増額の理由にはならない。

(一) 新設公団住宅の家賃の高騰は異常であり、その原因の大部分は、政府の誤った経済政策、土地・住宅政策のほか、膨大な長期未利用地の購入、不明朗な高価格での用地購入などの原告自身のずさんな経営、国の産業特別会計からの出資が打ち切られたことなどから、事業資金を借入金に依存するようになり、その金利の負担が巨額になっていること、上下水道、公園、学校等の関連公共施設の建設費を国や地方自治体に代わって大幅に負担させられていることなどにある。このような原因による新設公団住宅の高家賃を基準として、既設公団住宅の家賃を増額することは、憲法二五条及び法一条の趣旨に違反する。

(二) 建物は、極めて個性的な存在であって、その建設年度、所在地、建物の質等の差異を無視することができないから、新旧公団住宅の家賃を比較して不均衡か否かを判定するためには、対象とする新旧公団住宅相互の間における物的同一性への濾過を行う必要がある。しかし、既設公団住宅と近年の新設公団とでは、その規模、形状、構成材料、附帯設備等において相当な懸隔があり、物的同一性がないので、新旧公団住宅の家賃を比較するためには、幾重にも修正作業を施さなくてはならない。しかるに、原告は、このような修正作業をー切行っていないし、仮にこれを行うとしても、無数の操作が必要であり、かつ無数の比較の余地があるので、修正作業自体不可能である。

(三) 原告は、住宅の分譲も行っているが、分譲価格も個別原価主義によって決定されるので、新旧分譲住宅の価格にも大きな開きが生じている。しかし、分譲代金は、割賦金で支払われるものの、新設分譲住宅の価格が高騰したために既設分譲住宅の価格が変更されたり、割賦金の支払方法が変更されることはないのであって、新旧公団住宅の家賃が異なったまま維持されていても不合理ということはできない。

(四) 公の営造物、公企業は、国民に均等に利用されるべきであるが、国民の需要に対する平等、公平な給付の方法は、当該営造物、公企業の性質によって異なっており、公団住宅は、個々に質を異にするものであるから、個別に原価に応じて家賃が決定されても、何ら不平等、不公平とはならない。規則五条二号には、「賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき」は、建設大臣の承認を得て、家賃を変更し、又は家賃を別に定めることができる旨規定されており(旧規則一〇条二号も同旨の規定である。)、原告と公団住宅の居住者との間の賃貸借契約書にも、同旨の条項がある。しかし、右の規定や契約条項が予定しているのは、同一団地内にある公団住宅相互の間か、あるいは同一事業年度に建設された公団住宅相互の間における微調整にとどまり、これらの文言を個別原価主義に反して解釈することは許されないから、法令上、その建設年度や団地を異にする公団住宅相互の間における家賃を均衡させなければならない義務はない。

(五) 他の賃貸住宅の家賃を補てんするために家賃を増額することは、通常の建物賃貸借では考えられないことであり、既設公団住宅の家賃の増額分を新設公団住宅の経費に振り向けることは不当である。

3  家賃増額による増収分を維持管理経費に充当することについて

原告は、第三次家賃改定による増収額を主として修繕費等の維持管理経費に充てる旨説明しているが、維持管理経費の不足額、過去の家賃増額による各支社別、営業所別、団地別の増収額、使途などの収支を明らかにせず、他方で、公団住宅を退去する際に退去者から民法六〇六条(賃貸人の修繕義務)に抵触する違法、不当な高額の修繕費を取り立てている。

4  第三次改定家賃の積算根拠・方式について

原告は、第三次家賃改定における増額の算定を行うに際し、「公営限度額方式に準ずる方式」を採用し、地域別に補正率」を適用した旨説明しているが、各被告の家賃増額の具体的な積算根拠・方式を明らかにしていない。しかも右の公営限度額方式は、公団住宅と制度が異なる公営住宅について法定されている家賃決定の方式であり(公営住宅法一三条三項)、公団住宅については、この方式あるいは「準ずる方式」を用いる法的根拠がないばかりでなく、その内容も説明されていないし、地域別に補正率を適用する合理的な理由も法的根拠もない。また、原告は、公団住宅の継続家賃の改定については「周辺市場家賃の動向等」を考慮し、「周辺家賃のバランス状況を考慮することが必要である」と説明しているが、その具体的な内容を明らかにしていない。

5  第三次家賃改定に至る経緯及び原告が第三次家賃改定に際し行った手続について

昭和五八年四月に衆議院及び参議院両院の建設委員会で同年の公団家賃の改定が審議された際、各建設委員会から建設大臣あての要望事項の中に、「政府は、住宅に困窮する勤労者に対し、良質な公共賃貸住宅の供給と高家賃の引下げに努めるとともに、住宅基本法の制定と家賃体系の確立を図ること。その間、公団の現行家賃制度を逸脱しないこと。」、「公団は、今後の家賃の改定について、適切な手続に基づく必要なルール作りを行い、改定が公正かつ円滑に行われるよう配慮すること」、「値上げに際しては、激変緩和の措置を講ずるとともに、生活保護世帯及びこれに準ずる老人、母子、身障者世帯等で生活に困窮する世帯に対する特別措置について特段の配慮を行うこと。」、「公団は、家賃の改定の周知徹底と相互理解を深めるため、入居者に対し積極的な努力を行うこと。」などが盛り込まれた。しかるに、原告は、これらの要望事項を実施せず、家賃の改定についての適切な手続に基づく必要なルール作りを怠り、現行家賃制度の個別原価主義を逸脱して家賃増額を実施し、その際、被告らの属している常盤平団地自治会が現地説明会の開催を要請したにもかかわらず、これを拒否し、当事者間の協議も無視し、しかも、生活困窮者、低所得者が多数居住する常盤平団地で、右の特別措置が講じられた者はー人もいない。このように、公団家賃の適正化を行わないで本件家賃増額を実施することは、権利の濫用であるから許されない。

6  原告提出の不動産鑑定評価書について

原告は、不動産鑑定評価書(〈書証番号略〉)をもって、第三次改定家賃の相当性を根拠付けようとしている。しかし、不動産の鑑定評価は、元来、市場価格を対象とするものであって、公団家賃を対象とするものではない。右の不動産鑑定評価書で用いられた鑑定の手法は、一般の取引の場合に使用される手法であって、公団家賃の有する公的家賃の要素を考慮しておらず、建物及びその敷地の価格の変動をも家賃増額の根拠に含めており、しかも被告らの当初家賃の積算根拠も示されていない。このような内容の不動産鑑定評価書は、何ら第三次改定家賃の相当性を根拠付けるものではない。

四  被告らの主張に対する原告の認否及び反論

1  被告らの主張1ないし6は、いずれも争う。

2  公団住宅の使用関係の法的性質について

原告は、公共の福祉を目的として設立された独立行政法人であり、公団住宅の賃貸借関係は、講学上いわゆる管理関係に属するものであって、本質的に私人間の法律関係と異なるものではないから、実定法上特殊な法的規律が認められない限り、民法、借家法等の私法的規律の適用を受けるものである。そして、法には、その目的を定めた一条以外には、その業務の公共性に関連する規定がなく、公団業務について私法法規と異なる特殊な公法的規律が実定法上基礎付けられないから、公団家賃の改定は、全面的に民法、借家法の適用を受け、本件家賃増額の効力は、専ら借家法七条一項の要件を備えているか否かによって判断されるべきである。なお、規則は、法三〇条による委任に基づくものであるが、同条は、公団業務が建設省令で定める基準に従うべき旨定めており、その性格が公団業務に対する行政上の監督を定めた規定であることは、文言上明らかである。したがって、法三〇条による委任に基づく規則は、原告の業務監督のための行政命令であって、国民の権利及び義務を定めた法規命令ではなく、公団住宅の賃貸借関係を規律するものではない。また、規則四条、五条が法一条の目的に照らして適正妥当なものであるか否か、本件家賃増額について業務上の必要性が存したか否かなどは、すべて政策的な判断に係るものであって、本件家賃増額の私法上の効力とは何ら関係がない。

3  「個別原価主義」について

(一) まず、被告らがその主張の根拠としている規則が原告の業務監督のための行政命令であって、公団住宅の賃貸借関係を規律するものでないことは、前記2のとおりである。

(二) 規則四条一項(旧規則九条一項も同旨の規定である。)は、賃貸住宅の建設費用を家賃決定基準の一構成要素としているが、同条項は、新たに建設された住宅の当初家賃の決定に関する規定である。むしろ規則四条一項が、家賃の構成要素として、建物についてその建設費用に対する年五分以下の金額を、敷地について地代相当額を挙げていることは、公団家賃が通常の家賃と同様に、修繕費その他の必要諸経費部分のほか、建物及びその敷地の価格に対する利用対価相当の一定割合の部分(いわゆる純賃料部分)も、その構成要素としていることを意味し、被告ら主張のような個別原価主義なる原則を定めた規定であると解することはできない。そして、経済事情の変動の結果、右の純賃料部分が利用の対価として過少となった場合に、規定家賃が不相当に低額となることは明らかであり、このような場合に家賃を増額することができる旨定めたのが規則五条(旧規則一〇条も同旨の規定である。)で、同条一号の「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき」とは、土地及び建物の価格の上昇の結果、純賃料部分が過少となった場合を含むのであって、同号は、規定家賃を不相当とする事由として、「土地若ハ建物ノ価格」の上昇を定める借家法七条一項と同旨の規定である。また、原告と公団住宅の居住者との間の賃貸借契約書五条一号は、経済事情の変動を例示したものであって、借家法七条一項と同旨の規定である。

(三) 家賃は、建物及びその敷地の利用の対価であって、公団家賃も、その時々の経済事情の変動に対応しているのが本来の姿であり、原告が経済事情の変動に即応した家賃で公団住宅を賃貸した結果として利益が生じたとしても、原告が利潤の追求を目的として事業を行い、公共の目的に違反したことにはならない。公団住宅は、言わば国民の財産であり、原告は、国民から信託を受けてこれを住宅に困窮する勤労者に対して提供しているのであるから、その利用の対価として、その時々の経済事情に即応した適正な家賃を収受すべき責任を有するというべきである。

4  新旧公団住宅相互の間における家賃の不均衡の是正について

新旧公団住宅相互の間における家賃の不均衡の是正とは、公団住宅が公的集団住宅としての性格を有し、「家賃の公平」ないし「家賃の均衡」がその性格に内在する要請であること並びに家賃が建物及びその敷地の利用の対価であり、公団家賃も、家賃である以上、その額は利用の対価として常時相当な額であるべきことの双方を踏まえて、経済事情の変動によって規定家賃が不相当に低額となり、新しい経済事情の下で新規に供給される公団住宅の家賃との間で相当家賃からの乖離の程度に不均衡が生じた場合に、規定家賃を経済事情の変動に即応した相当額まで改め、新旧公団家賃を利用の対価としての相当額の水準で均衡させ、家賃負担の公平を回復しようとするものであり、前記賃貸借契約書五条二号の「不均衡の是正」も、このような趣旨で規定されたものである。このような不均衡の是正を理由とする原告の家賃増額請求が許されないとするいわれはない。

5  第三次改定家賃の積算根拠・方式について

借家法七条一項の定める家賃増額の要件は、現行家賃が経済事情の変動に即応した客観的に正当な継続家賃額(客観的相当家賃額)に比して低額に過ぎて不相当であること及び増額の意思表示をした家賃額(以下「増額請求額」という。)が右の客観的相当家賃額の範囲内であることであり、増額請求額の積算根拠・方式は、賃貸人が家賃増額請求を行う際に一定金額をもって増額請求額とした主観的過程を示すにすぎないものであるから、原告は、増額請求した家賃額の具体的な積算根拠・方式を明らかにする必要はない。

6  家賃増額請求に当たっての協議の必要性について

被告らは、原告が被告らの属している常盤平団地自治会の現地説明会の開催要請を拒否し、当事者間の協議も無視した旨主張している。しかし、借家法七条一項による家賃増額請求においては、賃貸人の家賃増額の意思表示が賃借人に到達した時に、増額の実体的要件が備わっている限り、これによって直ちに家賃増額の効果が生ずるのであって、右増額についてあらかじめ当事者が協議することは、家賃増額の要件ではない。同条二項に「協議調ハザルトキ」とあるのは、家賃増額の可否について当事者間に争いがあるという事態をいうにすぎないのであって、当事者が協議すること自体を同項及び同条一項の適用の要件としているものではない。

原告は、第二次家賃改定時における衆議院及び参議院両院の建設委員会での建設委員長要望(「公団は、今後の家賃の改定について、適切な手続に基づく必要なルール作りを行い、改定が公正かつ円滑に行われるよう配慮すること。」)を踏まえ、原告の総裁の私的諮問機関である「住宅・都市整備公団基本問題懇談会」の家賃部会の場において、公団住宅の居住者の代表を含む各界各層の有識者の意見を聴いた上、公団住宅の今後の家賃改定についてのルールを作り、これに基づき、本件家賃増額を実施した。なお、原告は、公団住宅の居住者に対し、家賃改定の理解を深めるため、その趣旨等について十分説明している。常盤平団地に生活保護世帯等に対する特別措置適用者がいないのは、改定家賃額が地域ごとに定められている生活保護法による住宅扶助の限度額(松戸市にあっては昭和六三年度月額四万四五〇〇円)を下回っているためにすぎない。

7  原告提出の不動産鑑定評価書について

原告が提出した不動産鑑定評価書〈書証番号略〉の継続家賃額は、一般に採用されている家賃の算定方法である利回り法、スライド法、差額配分法を用い、本件各建物の管理開始時の当初家賃を基礎とし、これに当初家賃決定後の本件各建物に係る建物価格、土地価格及び公祖公課の変動など経済事情全体の変動を参酌して査定した本件各建物の客観的相当家賃額であるから、借家法七条一項及びこれと同旨の前記賃貸借契約書五条に照らした本件各建物の家賃増加額の限度額を示すものである。被告らに対する増額請求額は、いずれも右の客観的相当家賃額を下回っているが、これは政策的な配慮に基づいて定められたからであって、右増額請求額が法律上の限度額ではないし、政策的な配慮の当否は、家賃改定の私法上の効力とは何ら関係がない。また、右の不動産鑑定評価書の継続家賃額は、本件各建物の管理開始時の当初家賃をその後の経済事情の変動に合わせて相似的に拡大するものであるから、公団住宅の当初家賃の公共性をおのずから反映しており、民間賃貸住宅としての継続家賃を評価したものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし4の事実は、当事者間に争いがない。

二公団家賃の増額の要件

1 公団住宅について、旧公団ないし旧公団の一切の権利及び義務を承継した原告とその賃借人との間に設定される使用関係は、私法上の賃貸借関係であって、原告は、法令又は賃貸借契約上特別の定めがない限り、借家法七条一項(借地借家法〔平成三年法律第九〇号〕三二条一項も同旨の規定である。借家法は、平成四年八月一日に借地借家法の施行に伴い廃止されたが、同法附則四条ただし書により、同法の施行前に借家法七条一項により生じた家賃増額の意思表示の効力は、そのまま存続する。)に基づき、その賃借人に対し、家賃の改定を請求することができると解するのが相当である。

2 ところで、借家法七条一項は、家賃増額原因として、「建物の借賃が土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の昴低により又は比隣の建物の借賃に比較して不相当なるに至りたるとき」を挙げている。これに対し、規則四条一項は、家賃の決定について、「賃貸住宅の建設に要する費用を償却期間中利率年五分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額に修繕費、管理事務費、地代相当額、損害保険料、貸倒れ及び空き家による損失を補てんするための引当金並びに公租公課を加えたものの月割額を基準として、公団が定める。」旨のいわゆる原価主義の原則を採用している(旧規則九条一項も同旨の規定である。)。しかし、規則四条一項は、新たに建設された住宅の家賃(当初家賃)の決定方法を定めたものにすぎず、家賃の改定については、規則五条が、「公団は、次の各号の一に該当するときは、前条の規定にかかわらず、建設大臣の承認を得て、家賃〔中略〕を変更し、又は家賃を別に定めることができる。一 物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき。二 賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき。三 賃貸住宅について改良を施したとき。四〔省略〕」と規定している(旧規則一〇条も同旨の規定である。)。そして、これを受けて、旧公団と被告らとの間の各賃貸借契約書(〈書証番号略〉。以下「本件賃貸借契約書」という。)にも、その五条において、家賃を改定できる場合として、被告前田及び同新田については別紙契約書抜粋(一)のとおり、被告中沢及び同大木については同(二)のとおりの賃貸条項が存在する。これらの賃貸条項は、旧規則一〇条ないし規則五条にいう経済事情の変動項目を例示したものということができるから、その趣旨は、結局のところ、借家法七条一項の家賃増額原因として定められているところと異ならないと解される。

3 公団住宅は、公的集団住宅として公共的性格を有し、公団住宅相互の間における「家賃の公平」ないし「家賃の均衡」が要請される。既設公団住宅の家賃が建物及びその敷地の価格の上昇など経済事情の変動により不相当に低額となった場合には、変動後の経済事情を基礎として決定された新規供給の公団住宅の家賃との間で、相当家賃からの乖離の程度に不均衡が生ずることとなる。このような場合、既設公団住宅の家賃について、建物及びその敷地の利用の対価として相当性を回復するという観点のほか、「家賃の公平」ないし「家賃の均衡」の要請から、右の不均衡を是正し、新旧公団住宅の家賃を建物及びその敷地の利用の対価として相当額の水準で均衡させるという観点からも、既設公団住宅の家賃を相当額に改めることは、是認されて然るきであり、この点は、その建設年度や団地を異にする公団住宅相互の間における家賃についても異なるものではない。

4 個別原価主義及び新旧公団住宅相互の間における家賃の不均衡の是正についての被告らの主張1及び2は、いずれも実定法上の根拠を欠く独自の見解であって採用することができず、原告は、規則五条各号、本件賃貸借契約書五条各号に該当する事由が生じた場合、借家法七条一項に基づき、被告らに対し、公団家賃の増額を請求することができる。

そこで、本件家賃増額の効力について検討する

三第三次家賃改定の効力

1  請求原因6について

隔地者に対する意思表示は、民法九七条により相手方に到達することによってその効力を生ずるが、ここに「到達」とは、相手方によって受領され、あるいは了知されることを要するものではなく、相手方にとって了知し得る状態に達すること、換言すれば意思表示が相手方の勢力範囲(支配圏)内に入ることをもって足り、相手方が正当な理由もないのに意思表示の受領を拒絶したときは、意思表示が到達したものと解される。

〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六三年八月九日、被告前田に対する第三次家賃改定の意思表示を記載した書面を普通速達郵便で同被告あてに発送し、右書面は、同月一〇日ころに同被告方に配達されたが、被告前田は、原告の家賃増額請求に反発して、その受領を拒絶したことが認められる。したがって、このような場合には、被告前田に対する第三次家賃改定の意思表示は、右書面が同被告方に配達された同月一〇日ころに同被告に到達したものと解すべきである。

〈書証番号略〉によれば、原告は、昭和六三年八月一一日、被告新田に対する第三次家賃改定の意思表示を記載した書面を普通速達郵便で同被告あてに発送したこと、被告新田は、右書面を〈書証番号略〉として所持していることが認められ、これらの事実によれば、被告新田に対する第三次家賃改定の意思表示は、原告が右書面を発送した日の翌日である同月一二日ころに同被告に到達したものと推認される。

〈書証番号略〉によれば、原告は、昭和六三年八月九日、被告中沢に対する第三次家賃改定の意思表示を記載した書面を普通速達郵便で同被告あてに発送したこと、被告中沢は、右書面を〈書証番号略〉として所持していることが認められ、これらの事実によれば、被告中沢に対する第三次家賃改定の意思表示は、原告が右書面を発送した日の翌日である同月一〇日ころに同被告に到達したものと推認される。

〈書証番号略〉によれば、原告は、被告大木に対し、書面をもって、第三次家賃改定の意思表示をし、右書面は昭和六三年七月一五日に同被告に到達したことが認められる。

2  家賃増額事由の存在

当事者間に争いのない請求原因1ないし4の事実、〈書証番号略〉及び証人菅原和夫の証言によれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)(1)  建物1は、千葉県松戸市常盤平三丁目三〇番地の二に所在する鉄骨鉄筋コンクリート造り陸屋根一一階建て施設兼共同住宅の四階の一戸であり、大きさは約59.97平方メートルで、いわゆる「二DK」と呼ばれるタイプであり、上水道、公共下水道、都市ガスが完備している。付近の道路は、幅員一八メートル・両側歩道付き舗装市道で、系統、連続性が良好であり、地勢は高台で平坦である。近隣には、計画的に配置された日用品店舗、病院、幼稚園、小学校、公園等があり、付近に自然的災害、公害、危険・嫌悪施設がなく、良好な住宅地域を形成している。同建物から徒歩約一〇分の所に新京成常盤平駅があり、同駅の運行間隔は朝夕で五分程度、同駅から松戸駅乗換えで東京駅まで約四五分を要する。公法上の規制としては、近隣商業地域、準防火地域に指定され、建ぺい率八〇パーセント、容積率二〇〇パーセントとされており、格別の変動の要因はなく、当分の間現状維持の状態が続くと予測される。同建物は、昭和四七年七月に旧公団により管理が開始されたもので、品等は中位、昭和六三年一〇月一日の時点で建築後約一七年を経過しており、経年相応の磨滅・破損があるが、建物維持管理の状況は良好である。同建物の家賃の月額は、管理開始時点で二万三二〇〇円、被告前田が旧公団との間で同建物の賃貸借契約を締結した昭和五三年一〇月一一日の時点で三万〇八〇〇円(被告前田の当初家賃。これは、管理開始時点から継続して居住した場合の家賃ではなく、管理開始時点の家賃から増額されたいわゆる空き家家賃である。)、第二次家賃改定の昭和五八年一〇月一日の時点で三万二一〇〇円であり、その後、昭和六三年一〇月一日まで家賃の改定はなかった。

(2) 建物2は、千葉県松戸市常盤平四丁目一五番地に所在する鉄筋コンクリート造り陸屋根四階建て共同住宅の一階の一戸であり、大きさは約49.38平方メートルで、いわゆる「3K」と呼ばれるタイプであり、上水道、公共下水道、都市ガスが完備している。付近の道路は、幅員六メートルの舗装道路が標準で、地勢は平坦である。近隣には、計画的に配置された日用品店舗、病院、幼稚園、小学校、公園等があり、付近に自然的災害、公害、危険・嫌悪施設がなく、利便性の優れた中層の共同住宅地域を形成している。同建物から徒歩約五分の所に新京成線五香駅があり、同駅の運行間隔は朝夕で五分程度、同駅から松戸駅乗換えで東京駅まで約四五分を要する。公法上の規制としては、第二種住居専用地域に指定され、建ぺい率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセント、第二種高度地区、日影規制(二)とされており、格別の変動の要因はなく、当分の間現状維持の状態が続くと予測される。同建物は、昭和三六年四月に旧公団により管理が開始されたもので、品等は中位、昭和六三年一〇月一日の時点で建築後約二七年を経過しており、経年相応の磨滅・破損があるが、建物維持管理の状況は良好である。同建物の家賃の月額は、管理開始時点で六二〇〇円、被告新田が旧公団との間で同建物の賃貸借契約を締結した昭和五四年二月五日の時点で二万一六〇〇円(被告新田の当初家賃。これは、いわゆる空き家家賃である。)、同年六月一日の時点で二万二〇〇〇円(これは、同建物の改良工事に伴う増額である。)、第二次家賃改定の昭和五八年一〇月一日の時点で二万五七〇〇円であり、その後、昭和六三年一〇月一日まで家賃の改定はなかった。

(3) 建物3は、千葉県松戸市常盤平七丁目三番地に所在する鉄筋コンクリート造り陸屋根四階建て共同住宅の四階の一戸であり、大きさは約44.46平方メートルで、いわゆる「二DK」と呼ばれるタイプであり、上水道、公共下水道、都市ガスが完備している。付近の道路は、幅員六メートルの舗装道路が標準で、地勢は平坦である。近隣には、計画的に配置された日用品店舗、病院、幼稚園、小学校、公園等があり、付近に自然的災害、公害、危険・嫌悪施設がなく、利便性の優れた中層の共同住宅地域を形成している。同建物から徒歩約一〇分の所に新京成線常盤平駅があり、同駅の運行間隔及び同駅から東京駅までの所要時間は、(1)のとおりである。公法上の規制としては、第二種住居専用地域に指定され、建ぺい率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセント、第二種高度地区、日影規制(二)とされており、格別の変動の要因はなく、当分の間現状維持の状態が続くと予測される。同建物は、昭和三六年七月に旧公団により管理が開始されたもので、品等は中位、昭和六三年一〇月一日の時点で建築後約二七年を経過しており、経年相応の磨滅・破損があるが、建物維持管理の状況は良好である。同建物の家賃の月額は、管理開始時点で五六〇〇円、被告中沢が旧公団との間で同建物の賃貸借契約を締結した昭和四四年六月二七日の時点で八五〇〇円(被告中沢の当初家賃。これは、いわゆる空き家家賃である。)、第一次家賃改定の昭和五三年九月一日の時点で一万五三〇〇円、第二次家賃改定の昭和五八年一〇月一日の時点で二万二六〇〇円であり、その後、昭和六三年一〇月一日まで家賃の改定はなかった。

(4) 建物4は、千葉県松戸市常盤平七丁目一七番地に所在する鉄筋コンクリート造り陸屋根四階建て共同住宅の一階の一戸であり、大きさは約43.26平方メートルで、いわゆる「二DK」と呼ばれるタイプであり、上水道、公共下水道、都市ガスが完備している。付近の道路は、幅員六メートルの舗装道路が標準で、地勢は平坦である。近隣には、計画的に配置された日用品店舗、病院、幼稚園、小学校、公園等があり、付近に自然的災害、公害、危険・嫌悪施設がなく、利便性の優れた中層の共同住宅地域を形成している。同建物から徒歩約一〇分の所に新京成線常盤平駅があり、同駅の運行間隔及び同駅から東京駅までの所要時間は、(1)のとおりである。公法上の規制としては、第二種住居専用地域に指定され、建ぺい率六〇パーセント、容積率二〇〇パーセント、第二種高度地区、日影規制(二)とされており、格別の変動の要因はなく、当分の間現状維持の状態が続くと予測される。同建物は、昭和三五年五月に旧公団により管理が開始されたもので、品等は中位、昭和六三年一〇月一日の時点で建築後約ニ八年を経過しており、経年相応の磨滅・破損があるが、建物維持管理の状況は良好である。同建物の家賃の月額は、管理開始時点で五三五〇円、被告大木が旧公団との間で同建物の賃貸借契約を締結した昭和四九年三月二二日の時点で八一〇〇円(被告大木の当初家賃。これは、いわゆる空き家家賃である。)、第一次家賃改定の昭和五三年九月一日の時点で一万四六〇〇円、第二次家賃改定の昭和五八年一〇月一日の時点で二万一七〇〇円であり、その後、昭和六三年一〇月一日まで家賃の改定はなかった。

(二)  本件各建物の管理開始時点から第一次家賃改定の時点(昭和五三年九月一日)までの間の建物価格、土地価格、公租公課、消費者物価指数及び勤労者平均所得の変動の状況は、別表1のとおりである。また、第一次家賃改定の時点から第二次家賃改定の時点(昭和五八年一〇月一日)までの間の建物価格、土地価格、公租公課、消費者物価指数及び勤労者平均所得の変動の状況は、別表2のとおりであり、第二次家賃改定の時点から第三次家賃改定の時点(昭和六三年一〇月一日)までの間の建物価格、土地価格、公租公課、消費者物価指数及び勤労者平均所得の変動の状況は、別表3のとおりである。

(三)  財団法人日本不動産研究所所属の不動産鑑定士は、本件各建物について、第三次家賃改定の時点である昭和六三年一〇月一日の継続賃料を鑑定評価する過程において、第一次家賃改定の時点である昭和五三年九月一日及び第二次家賃改定の時点である昭和五八年一〇月一日の各継続賃料についても鑑定評価しており、その鑑定の結果は、昭和五三年九月一日の継続賃料が別表4のD欄記載の第一次鑑定評価家賃、昭和五八年一〇月一日の継続賃料が同表のE欄記載の第二次鑑定評価家賃、昭和六三年一〇月一日の継続賃料が同表のF欄記載の第三次鑑定評価家賃である(財団法人日本不動産研究所所属の不動産鑑定士作成の不動産鑑定評価書〔〈書証番号略〉〕)。

右の鑑定評価は、まず、本件各建物の管理開始時の当初家賃を基礎として、利回り法、スライド法、差額配分法によって第一次家賃改定の時点における各試算賃料を算出した上、これらを総合勘案して、第一次家賃改定の時点における適正な継続賃料(第一次鑑定評価家賃)を求め、次に、この第一次鑑定評価家賃を基礎として、利回り法、スライド法、差額配分法によって第二次家賃改定の時点における各試算賃料を算出した上、これらを総合勘案して、第二次家賃改定の時点における適正な継続賃料(第二次鑑定評価家賃)を求め、さらに、この第二次鑑定評価家賃を基礎として、利回り法、スライド法、差額配分法によって第三次家賃改定の時点における各試算賃料を算出した上、これらを総合勘案して、第三次家賃改定の時点における適正な継続賃料(第三次鑑定評価家賃)を求めており、各家賃改定に至るまでの間の経済事情の変動を加味しながら、民間賃貸住宅の継続賃料の継続賃料の算定方法として一般に使用されている手法に従い、それぞれの継続資料を求めたもので、この鑑定評価を不当とすべき資料は見当たらず、その内容に照らし、正当として是認することができる。

そして、第一次改定家賃と第一次鑑定評価家賃を比較すると、前者は後者の六一ないし六三パ−セントにとどまり、また、第二次改定家賃と第二次鑑定評価家賃を比較すると、前者は後者の六九ないし七二パ−セントにとどっており、第一次改定家賃及び第二次改定家賃は、いずれも各家賃改定に至るまでの間の経済事情の変動を全面的に参酌した額(客観的相当家賃額)をかなり下回る額であった。

以上の事実によれば、本件各建物は、いずれも交通至便の地にあり、生活上の便益施設が完備した良好な住宅地域における共同住宅中の一戸であって、その利用価値が高く、今後とも普通の文化生活を営み得る状態が続くと予測されるが、第二次家賃改定から第三次家賃改定に至るまでの五年間、前認定のとおり、建物価格、土地価格、公租公課、消費者物価指数及び勤労者平均所得が上昇しているにもかかわらず、家賃の改定がされず、しかも第一次改定家賃及び第二次改定家賃自体が当時の経済事情の変動を全面的に参酌した額をかなり下回る額であったのであるから、第二次改定家賃は、昭和六三年一〇月一日の時点において、不相当に低額となっていたと認めることができる。

なお、被告らの主張6について判断するに、原告と被告らのとの間に設定された本件各建物の使用関係は、私法上の賃貸借関係であり、公団家賃も、建物及びその敷地の利用の対価である点において民間賃貸住宅の家賃と異ならず、借家法七条一項の適用を排除し、あるいは同条項の要件を特に制限する法令又は賃貸借契約上の特別の定めはないのであるから、建物及びその敷地の価格の変動を家賃増額の一事由として考慮し、民間賃貸住宅の継続賃料の算定方法として一般に使用されている利回り法、スライド法、差額配分法を用いて不動産の鑑定評価を行うことは、何ら不当ではない。また、被告らの当初家賃に関しては、不動産鑑定評価書(〈書証番号略〉)において、その積算根拠が示されていないが、〈書証番号略〉及び証人菅原和夫の証言によれば、被告らは、いずれも本件各建物の管理開始時から相当期間経週後に、管理開始時点の家賃から増額されたいわゆる空き家家賃を当初家賃として入居したものであり、被告らの継続家賃額は、管理開始時点から起算した場合の継続家賃額を上回ることはあっても、これを下回ることはないと認められるから、右の点を被告らが不当と主張する実益はなく、不動産鑑定評価書中の管理開始時点における本件各建物の家賃の構成要素の分析等についても、特に問題とすべき点はない。被告らの主張6は採用することができない。

3  第三次改定家賃の相当性

第三次改定家賃は、いずれも本件各建物の客観的相当家賃額として認められる第三次鑑定評価家賃の範囲内で、その六四ないし七一パーセントにとどまるから、第三次家賃改定は有効であり、本件各建物の家賃は、昭和六三年一〇月一日以降、第二次改定家賃から第三次改定家賃に増額されたものというべきである。

なお、被告らの主張3ないし5について判断するに、まず、本件賃貸借契約書(〈書証番号略〉)には、その一ニ条において、賃借人は、畳表及び畳床、障子、ふすま、その他の外回り建具(ガラスを除く。)以外の建具、浴槽、風呂釜(バーナーを含む。)、煙突及びすのこ、その他の小修理について、修理又は取替えの義務を負う旨の賃貸条項が存在する。しかし、賃貸人が特約によって民法六〇六条の修繕義務を免れることは、何ら同条に抵触するものではないし、原告が公団住宅の退去者から右賃貸条項に違反する不当に高額な修繕費を取り立てていることを認めるに足りる証拠はない。次に、被告らが主張するその他の事由は、原告の事業政策の当否の判断に関連することはあっても、いずれも借家法七条一項の定める家賃増額の要件ではなく、原告の家賃増額請求の効力を左右するものではない。そして、本件全証拠によっても、第三次家賃改定が権利の濫用に当たるものと認めることは到底できず、被告らの主張3ないし5は、いずれも採用することができない。

四消費税家賃改定の効力

請求原因7のうち、第三次改定家賃が消費税の創設に伴う事情の変更により不相当となったことを除くその余の事実及び同8の事実は、当事者間に争いがなく、公団住宅の賃貸についても、平成元年四月一日から公団家賃の三パーセントの消費税が課税され、その納税義務者を原告とし、消費者である公団住宅の賃借人に右の消費税を転嫁することとなったことは、当裁判所に顕著である。

以上の事実によれば、消費税の創設に伴う事情の変更により、第三次改定家賃は、いずれも不相当となり、第三次改定家賃に三パーセントの消費税額を加えた消費税改定家賃を相当家賃額と認めるのが相当である。

したがって、消費税家賃改定は有効であり、本件各建物の家賃は、平成元年四月一日以降、第三次改定家賃から消費税改定家賃に増額されたものというべきである。

五結論

以上のとおり、被告らは、各自、原告に対し、本件各目録の「家賃未払額」欄記載の各未払家賃及びこのうちの同目録の「月別内訳」欄記載の各未払額に対する「支払期日」欄記載の各期日の翌日から本判決確定の日までそれぞれ借家法所定の年一〇パーセントの割合による利息、本判決確定の日の翌日から各支払済みまでそれぞれ約定による年(三六五日当たり)14.6パーセントの割合による遅延利息を支払う義務がある。

よって、原告の請求は、いずれも理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官安達敬 裁判官猪俣和代 裁判官黒野功久)

別紙

別紙賃貸借目録2ないし4〈省略〉

別表1ないし4〈省略〉

別紙契約書抜粋〈省略〉

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